突然、何の前触れもなく退職する人がいます。
その多くは、限界まで感情を表に出さず、周囲に悟られないまま辞めていきます。
企業側にとっては想定外の離職であり、人手不足や業務停滞など、大きな影響をもたらすこともあります。
本記事では、心理学や人材定着の観点から、突然辞める人に共通する特徴や兆候、背景にある退職理由を明らかにします。
あわせて、早期発見と防止に役立つ具体的なヒントも紹介します。
離職リスクを下げ、職場の安定を守るために、ぜひ参考にしてください。
突然辞める人とは?その背景にある心理と行動傾向

職場での突然の退職は、いつも少し驚きと戸惑いを残します。
一見、何の前触れもなく思えるような離職も、実はその人なりの思いや経緯があるものです。
感情を外に出さず、ギリギリまで頑張っていた人ほど、その決断が急に見えることがあります。
特に、心理的なサインは声にならず、静かに現れることが多い傾向です。
ここでは、突然辞める人の行動と、その背景にある心の動きを読み解いていきます。
些細な変化に気づくことで、職場の空気や人間関係の深まりにもつながっていくかもしれません。
「突然」の定義と、周囲が気づきにくい理由
「突然辞める人」と聞くと、感情的になって衝動的に辞めてしまうような印象を持つかもしれません。
けれども、実際にはその逆のケースがとても多いのです。
静かに、でも確かに、離職の準備は本人の中でずっと前から始まっていることがあります。
周囲が気づきにくい理由の一つは、「我慢すること」を選んできた人たちの存在です。
真面目で責任感が強く、愚痴をこぼさないタイプほど、限界が近づいていても表に出すことをしません。
むしろ、迷惑をかけたくないという気持ちが強いため、最後まで職務を全うしようとする姿勢すら見えることがあります。
その結果、ある日ふと退職の申し出があり、周囲は驚くことになるのです。
ほんの少しの変化に気づけるかどうかが、大きな違いを生む場面もあります。
責任感の強い人が黙って退職を選ぶ心理
責任感のある人は、自分の感情よりも周囲への影響を優先しがちです。
たとえば、仕事を途中で投げ出すことに対して強い抵抗感があるため、辛くても頑張り続ける傾向があります。
けれども、限界は静かに訪れます。
体調に表れたり、眠れない夜が続いたり。
それでも、助けを求めることを「甘え」だと感じてしまう人も少なくありません。
そして、ようやく決断したときには、すでに気持ちが職場から離れている状態になっています。
そのときにはもう、誰かの声かけでは引き留められない心の段階にあるのです。
こうした背景があるからこそ、「突然」に見える行動が生まれてしまうこともあります。
「何も言わない」行動に隠された心のサイン
口数が減ったり、雑談に参加しなくなったり。
そんな小さな変化には、内側で静かに蓄積された感情が表れていることがあります。
何も言わないという態度は、実は「すでに言うことを諦めている」サインであることも。
過去に何度か伝えようとしたけれど、うまく伝わらなかった。
理解してもらえなかった。
そんな経験があると、人は次第に話すことをやめてしまいます。
その沈黙の中に、実は多くのヒントが隠されていることもあるのです。
会話の数や深さの変化、視線や距離感。
そうした“言葉にならないサイン”にも、少し目を向けてみるといいかもしれません。
突然辞める人の心理タイプと行動パターン

人はそれぞれ、心の動き方も、職場での振る舞いも違います。
だからこそ、退職に至るまでのプロセスや、サインの出し方も多様です。
ここでは、突然辞める人に見られやすい心理タイプと、行動の傾向について整理していきます。
性格や価値観を知ることで、その人らしいサインに気づけることもあります。
内向的・我慢タイプの特徴と心理
一見、落ち着いていて何事にも動じないように見える人。
でも、内面ではたくさんのことを感じている場合があります。
内向的で、自己主張が少ない人ほど、職場のストレスを抱え込みやすい傾向があります。
不満を言わないのは、迷惑をかけたくないという気持ちがあるからかもしれません。
また、自分が甘えているように見られたくないという遠慮もあるようです。
そうした背景から、心の限界が近づいていても、表情や態度には出にくいことがあります。
そして、ある日ふと、辞意が伝えられる。
驚きと同時に、「もっと早く気づいてあげられたら」と感じる場面もあります。
繊細な変化に気づけるよう、普段の様子との違いを見守ってみることも一つの方法です。
行動的・成長志向タイプの思考と行動
常に前向きで、スピード感をもって仕事をこなしていく人もいます。
そんな人が突然辞めると、チームにとっての驚きも大きいものです。
でも、実はそのスピード感のまま、転職や新しい挑戦に向かっているだけというケースもあります。
行動的で成長を重視する人は、自分の価値やキャリアプランを明確に持っていることが多いです。
会社の方向性や制度が自分の成長と合わないと感じたとき、次の道を迷わず選ぶ傾向があります。
このタイプは、不満よりも「未来に向けた選択」として退職をとらえていることが多いのが特徴です。
冷静で論理的に動いているように見えて、その裏には葛藤や決意も含まれていることを理解しておくとよいかもしれません。
人間関係に距離を置くタイプが辞めやすい理由
仕事上の関係にあまり深入りせず、適度な距離感を保っている人がいます。
一見、ドライに見えるかもしれませんが、それは自分を守るためのスタイルであることもあります。
こうした人は、自分の感情や不満を他者に見せることが少なく、心の中で処理する傾向があります。
職場との関係性が希薄になってくると、離職の判断もスムーズに進みやすくなります。
「この職場じゃなくても、自分はやっていける」と感じた瞬間に、決意が固まっていくのです。
普段から深い関わりが少ないため、変化にも気づきにくいという特徴もあります。
関係が浅くても、何気ない声かけや存在の承認が、心のつながりを生むきっかけになることもあります。
辞める人に見られるサインと兆候

突然辞めたように見える人でも、その前には小さなサインを出していることがあります。
ただ、それが「サインだ」と気づくのは、あとになってからということも少なくありません。
ここでは、辞める前に見られやすい行動や変化について、心理の視点から見ていきます。
サインに早く気づけることで、声をかけるタイミングも変わってくるかもしれません。
コミュニケーションの変化
会話の頻度が減った。
雑談に加わらなくなった。
会議で発言しなくなった。
そんな変化に気づいたことはありませんか。
コミュニケーションの減少は、心が離れかけているサインであることがあります。
心理的には「もう期待していない」「話しても無駄だと思っている」といった感情が背景にあることも。
とくに、普段よく話していた人が静かになったときは、何かしらの内面の変化が起きている可能性があります。
「元気?」と声をかけるだけでも、その人の中で何かが変わることもあります。
モチベーションと感情表現の変化
突然仕事に対しての熱意がなくなったように感じる。
そんな変化も、見逃せないサインのひとつです。
具体的には、新しい業務に対する反応が薄くなったり、頼んだ仕事に対してもどこか消極的だったり。
また、これまでなら前向きだった人が、何を聞いても「別に」「まあいいです」といった短い返事をするようになることもあります。
逆に、少しずつネガティブな発言が増えることもあります。
その背景には、達成感の欠如や、やりがいの喪失、評価されないことへの落胆があるのかもしれません。
無理に明るく振る舞っているようなときも、注意深く見守ってみてください。
勤怠・勤務態度の変化
出勤や退社の時間が急に変わったとき。
それもまた、気づきにくいけれど大切なサインです。
例えば、それまでは遅くまで残っていた人が、定時でさっと帰るようになった。
または、有給の取得が急に増えた。
こうした変化には、「もうこの職場に執着しない」といった心理的な整理が始まっていることがあります。
早退や遅刻が増えてきた場合は、心身の疲労が蓄積しているサインかもしれません。
休み方や働き方の変化を、単なる「忙しさ」として片づけないことも大切です。
生産性や関係性への無関心
仕事の精度やスピードにこだわりがあった人が、急にどこか他人事のような態度を見せる。
そんなときも、注意してみる必要があります。
報連相が減ったり、チームメンバーとのやりとりを避けるようになることも。
これまでは成果を意識していた人が、評価に関心を示さなくなるのは、心がすでに職場から離れているサインとも言えます。
周囲とのつながりを感じにくくなると、自分の存在が意味を持たないと感じてしまうこともあります。
日常の中にある「温度感の変化」を見逃さないようにしておくと安心です。
退職準備としての行動
引継ぎ資料を整理している。
私物を少しずつ持ち帰っている。
こうした行動は、明確な準備として見えるサインです。
本人にとっては「もしものとき」のためという気持ちかもしれません。
けれど、心の中ではすでに何かしらの選択肢を描いている可能性があります。
たとえ本人がまだ決意していなかったとしても、その方向に気持ちが傾き始めていることもあります。
一度その行動に気づいたら、できるだけ自然なかたちで声をかけてみるのも一つの方法です。
突然辞める主な理由と心理背景

突然の退職には、いくつかの共通した理由が見えてくることがあります。
けれども、その奥には、表面的な言葉では語りきれない心理の動きが潜んでいることも。
ここでは、よく見られる退職理由と、その背景にある心の変化について見ていきます。
単なる原因分析ではなく、その人がどんな思いでその選択をしたのかに、少しでも近づいてみる視点を大切にしてみましょう。
待遇や評価への不満と承認欲求
どれだけ頑張っても、評価されないと感じたとき。
人は、やりがいを失ってしまうことがあります。
とくに、「自分の努力が見てもらえていない」と思う瞬間は、心のエネルギーが急速に下がるものです。
周囲が気づかない小さな積み重ね。
その積み重ねを無視されたとき、人は「ここにいる意味」を見失いやすくなります。
評価制度が不透明だったり、誰がどう評価しているか分からない職場では、努力と報酬のバランスが崩れやすくなります。
そのバランスの崩れが、やがて離職という選択につながることもあるのです。
成長機会の欠如と自己価値の揺らぎ
人は、少しずつでも前に進んでいる実感があると、日々の中に意味を見出しやすくなります。
けれども、業務が単調で変化がなかったり、自分の強みを活かせない環境が続いたりすると、気持ちは徐々に離れていきます。
「このままでいいのかな」
「もっとできることがあるはず」
そんな問いが頭をよぎるようになると、新しい場所を探す気持ちが芽生えます。
成長実感が薄れたとき、人は自己価値を見失いやすくなります。
だからこそ、「任せてもらえる」「挑戦できる」環境をつくることが、大切な意味を持ちます。
人間関係・労働環境の心理的圧迫
仕事そのものよりも、人との関わりで消耗してしまうケースも少なくありません。
上司との関係がうまくいかない。
チームに居場所がないと感じてしまう。
そうした状態が続くと、どんなに好きな仕事でも、続けるのがしんどくなってしまうことがあります。
また、過度な業務量や、非効率な職場環境もストレスの原因になります。
「誰にも相談できない」
「ミスが許されない空気がある」
そんな状態が、心にプレッシャーをかけ続けるのです。
一見、表情や行動に出ないこともありますが、内面では静かに消耗していることもあるので注意が必要です。
キャリア観と会社方針のズレ
働く中で、自分の価値観や将来のビジョンが変わっていくこともあります。
それ自体は自然な変化です。
けれども、その変化が会社の方針と合わなくなったとき、迷いが生まれるようになります。
たとえば、「もっと社会貢献を実感できる仕事がしたい」と感じたとき。
あるいは、「プライベートとのバランスを大事にしたい」という思いが強まったとき。
そんなときに、会社の方向性が真逆だと、距離を感じるようになってしまいます。
そして、少しずつ心が離れ、別の道を探し始めることにつながっていきます。
4Pフレームワークで見る退職の構造
退職理由を構造的に捉えるために、「4Pフレームワーク」という考え方があります。
これは、Philosophy(理念・戦略)、Profession(仕事内容)、People(人間関係)、Privilege(待遇)の4つの観点で考える方法です。
この4つのうち、どれか一つでも大きな不一致や不満があると、人は離職を意識しやすくなると言われています。
たとえば、「理念には共感しているけれど、人間関係が合わない」といったケースです。
逆に言えば、退職を防ぐためには、この4つの要素をバランスよく整える工夫が必要です。
一人ひとりの価値観や優先順位は違うからこそ、丁寧な対話と理解が求められる場面でもあります。
組織とチームに与える心理的・実務的影響

誰かが突然辞めたとき、影響を受けるのは当人だけではありません。
周囲の人たち、チームの空気、そして組織全体にも、静かに変化が起こります。
ここでは、突然の離職がもたらす心理的・実務的な影響について、いくつかの視点から見ていきます。
一人の退職が波紋のように広がる現実を、見過ごさないことも大切です。
残されたメンバーの不安と不信感
仲間だと思っていた人が、何も言わずに辞めていった。
その事実が、チームにどんな影響を与えるか。
多くの場合、「なんで相談してくれなかったんだろう」「何か言えないことがあったのかな」といった戸惑いが生まれます。
同時に、「もしかして自分も同じように感じているかもしれない」と、自分自身を重ねる人もいます。
このようにして、不安や不信がチーム内にじわじわと広がっていくことがあります。
それは、信頼関係や心理的安全性をゆっくりと弱らせていく力にもなってしまいます。
だからこそ、誰かが辞めたあとには、丁寧なフォローが必要です。
生産性・士気の低下とリーダーの負担
突然の退職は、単純に人手が減るという意味だけではありません。
そこには、役割の分担や知識の引き継ぎといった、目に見える業務的な混乱も含まれています。
さらに、退職した人が担っていた責任が、他のメンバーに一時的に分散されることになります。
そうした急な負担の増加が、残った人たちの疲弊やモチベーションの低下につながることもあります。
また、リーダーやマネージャーにとっても、チームの立て直しや再配置に追われ、気持ちのゆとりを失いやすくなります。
職場の空気全体が「ピリッとしたもの」になる場面もあるかもしれません。
その時こそ、組織としての支え合いが試されるタイミングでもあります。
採用・育成コストの現実的課題
一人の退職は、新たな採用活動のスタートでもあります。
求人を出し、面接を重ね、入社してもらい、教育していく。
この一連のプロセスには、時間もコストもかかります。
しかも、今いる人たちが忙しい中で、教育にリソースを割くことになるため、業務全体がさらに圧迫されてしまうこともあります。
このような連鎖は、長期的には組織力の低下につながりかねません。
だからこそ、離職が起こってからではなく、起こる前にできることを積み重ねておく視点が大切です。
人のつながりを育てておくこと。
それが、突然の離脱に耐えられるチームづくりの土台になります。
急な離職を防ぐための心理的・実務的アプローチ

突然の退職は、避けられないと感じることもあるかもしれません。
けれど、まったく防げないわけではありません。
小さなサインを見逃さず、心の距離を縮める工夫をしていくことで、「離れたい」という気持ちが「ここでもう少し頑張ってみよう」に変わることもあります。
ここでは、心理的な配慮と実務的な仕組みの両方から、離職の予防につながるヒントをまとめてみました。
人とのつながりを丁寧に育てていくためのきっかけとして、参考にしてみてください。
6-1|本音を引き出す1on1の心理技法
定期的な1on1は、ただの面談ではありません。
心の距離を縮める貴重な場でもあります。
大切なのは、「何を話したか」よりも、「安心して話せたかどうか」です。
たとえば、「最近どう?」という問いかけ一つにも、信頼関係の深さが表れます。
心理学的には、相手が話しやすくなるためには「共感的な聞き方」が有効だとされています。
否定せず、評価せず、ただ相手の言葉を受け止めてみる。
その姿勢があると、少しずつ本音が顔を出すようになります。
言葉にされなかった不満や迷いに、そっと耳を傾けてみることが大切です。
キャリア支援と評価制度の透明化
人は、未来が見えないとき、不安になります。
そして、その不安が続くと、やがて「ここにいても仕方がない」という気持ちにつながってしまいます。
だからこそ、「どんな道があるのか」「自分はどこを目指せるのか」を具体的に共有していくことが重要です。
評価の基準が不明確だったり、何を頑張れば評価されるのか分からない状態は、モチベーションの低下を招きやすくなります。
一人ひとりの強みを活かせるようなキャリア支援を行うこと。
そして、納得感のある評価の仕組みを整えていくこと。
それが、「ここで働く意味」を見つけ直す助けになるはずです。
サーベイ・観察でサインを可視化
人の気持ちは、言葉にされないことが多いからこそ、目に見える形にしてみる工夫が役に立つこともあります。
職場の満足度やコンディションを定期的に把握できるサーベイの導入は、その一つです。
数値として変化を捉えることで、早めの対応が可能になります。
また、日々の様子を丁寧に観察することも効果的です。
表情、姿勢、会話のトーン。
ちょっとした変化を見逃さないことが、対話へのきっかけになることがあります。
感覚だけに頼らず、データと実感の両方で支えていく姿勢が信頼を育てていきます。
心理的安全性を高めるチームづくり
どんなに制度を整えても、「ここでは自分の気持ちを話せない」と思われていたら、それは機能しません。
だからこそ、心理的安全性が大切です。
これは、「失敗しても責められない」「わからないことを聞いてもいい」「意見が違っても否定されない」と感じられる職場の空気を指します。
心理的に安心できる場所では、人は自然と関わろうとします。
逆に、不安や緊張が強いと、関係そのものから距離を取ろうとしてしまいます。
職場の中で、温かい声かけや感謝の共有が当たり前になる。
そんな文化が、長く働き続けたいという気持ちにつながっていくのです。
異動・配置転換という柔軟な支援策
「この場所ではもう難しいかもしれない」
そんな気持ちを抱えている人がいたとき、退職以外の選択肢を用意しておくことも大切です。
異動や配置転換は、環境を変えることでリスタートのきっかけになることがあります。
ただし、無理に異動を勧めるのではなく、本人の意思を尊重することが前提です。
希望や関心に合わせて、役割や関わり方を見直してみる。
それだけで、気持ちが前を向くこともあります。
柔軟さのある対応が、「ここにいる意味」を再確認するきっかけになることもあるのです。
心理カウンセリング的視点で見る離職傾向

表面的な行動の裏には、深い感情や信念が隠れていることがあります。
心理カウンセリングでは、そうした内面の動きに寄り添いながら、その人自身が自分と向き合えるよう支援していきます。
ここでは、心理的な背景に焦点を当てて、離職に至るまでの心の動きや傾向を読み解いてみましょう。
人はなぜ、何も言わずに職場を去るのか。
その奥にある“声にならない感情”を感じ取ってみてください。
離職行動に表れる防衛機制
心理学では、人が自分を守るために無意識に取る反応を「防衛機制」と呼びます。
たとえば、職場で強いストレスを受けたとき、「自分は悪くない」と思いたくなることはありませんか。
これは「合理化」という防衛機制の一つで、自分の行動や気持ちを正当化することで心を守っています。
他にも、「ここは自分の居場所じゃない」と感じながら、それを職場や上司のせいにしてしまう「投影」なども見られます。
こうした反応は、責めるべきものではありません。
むしろ、限界を迎える前のサインとして受け止めておくことが大切です。
退職という選択の裏に、どんな気持ちがあったのか。
その問いかけが、次の関わり方を考える手がかりになります。
カウンセリング現場で語られる退職の本音
心理カウンセリングの場では、「辞めたい」と言いながらも、すぐにそう決断する人は少数です。
「もう無理かもしれない」と感じていても、その背景にはたくさんの葛藤や自責の思いが詰まっていることが多いのです。
「頑張ってきたけど限界だった」「誰にも言えなかった」「迷惑をかけたくなかった」
こうした声が、実際にカウンセリングの場では静かに語られます。
それだけ、退職という選択は本人にとっても簡単なものではないということ。
だからこそ、早い段階での対話やサポートが重要なのです。
「まだ話せるうち」に耳を傾けてくれる人がいること。
それが、決断を少し遅らせる力になることもあります。
自己効力感と離職の関係性
自己効力感とは、「自分はやれる」という感覚のことを指します。
この感覚があると、困難な状況でも「乗り越えられるかもしれない」と思えるようになります。
反対に、「何をやっても評価されない」「頑張っても報われない」と感じていると、自己効力感は低下しがちです。
すると、目の前の仕事だけでなく、職場そのものへの信頼感も薄れてしまいます。
離職を考える人の中には、こうした“無力感”を抱えているケースが少なくありません。
小さな成功体験や、誰かからのねぎらいが、自信を取り戻すきっかけになることもあります。
誰かに必要とされている実感。
それがあるだけで、人は踏みとどまれる場面もあるのです。
「聞いてもらえた」という体験の大きさ
実は、人の心がいちばん軽くなる瞬間は、「話してよかった」と思えたときです。
心理カウンセリングでも、具体的なアドバイスよりも、「自分の気持ちを受け止めてもらえた」という体験こそが、最初の癒やしにつながることが多いのです。
職場でそれと同じ体験ができたとしたら、離職という選択をしなくて済む人も増えていくかもしれません。
「どうしたの?」と声をかける。
ただそれだけでも、誰かの中で何かが変わることがあります。
人とのつながりの力を、もう一度信じてみること。
それが、予防のはじまりになるのかもしれません。
ケースで学ぶ:突然辞めた人の心理と兆候の見落とし

どんなに注意深く接していても、人の心の奥までは見抜けないことがあります。
「あの人が辞めるなんて思ってもいなかった」と振り返る場面、あなたも一度は経験があるかもしれません。
ここでは、実際によくある3つのケースを通して、突然の退職に至った背景やその兆候を具体的に掘り下げていきます。
それぞれのケースには、見落とされがちな小さなサインや、言葉にされなかった本音が隠れています。
自分の職場に置き換えて読み進めてみてください。
我慢し続けたAさんのケース
Aさんは、まじめで責任感の強いタイプでした。
どんなに忙しくても弱音を吐かず、周囲に頼ることも少なかったといいます。
最初は小さな不満だったかもしれません。
けれど、それが積み重なっていくうちに、Aさんの中では少しずつ限界が近づいていたのでしょう。
ある日突然、退職届を提出したという話を聞いて、チームの誰もが驚いたそうです。
振り返ってみると、しばらく前からAさんの様子には変化があったことに気づきました。
雑談を避けるようになっていたり、会議でも発言が減っていたり。
遅くまで残ることが当たり前だったAさんが、定時で帰る日が増えていたこともありました。
けれど当時は、「忙しいだけだろう」「疲れているのかな」と流してしまったのです。
このケースは、内に不満や疲れをため込みがちな人が、ある日限界を迎えてしまう典型的な例です。
見た目には何も変わらなくても、心の中では決意が固まっている。
そんな静かなサインを、どう受け取るか。
私たちの関わり方次第で、状況は大きく変わるのかもしれません。
前向きに転職したBさんのケース
Bさんは、明るくポジティブな印象を持たれるタイプでした。
日々の業務にも前向きに取り組み、周囲と良好な関係を築いていました。
そのため、Bさんが転職を決めていたと知ったとき、職場の多くの人が驚きを隠せなかったようです。
ただし、Bさん自身は長い間、自分のキャリアと真剣に向き合っていたのだと思います。
もっと成長できる環境を求めて、少しずつ準備を進めていたのでしょう。
外からは何も問題がなさそうに見えていても、本人の中では明確な決意が育っていたのかもしれません。
会社への不満というより、自分の未来への投資。
このようなケースでは、「突然」のように見えて、実は静かに転職活動を進めていたという背景があります。
周囲に相談することなく、自分だけで決断を下す人も珍しくありません。
このケースが示すのは、「ポジティブな理由での離職」もまた、周囲にとっては不意打ちになるということ。
一見して問題がなさそうな人ほど、何かを抱えていることもある。
そんな目線を持って、日頃から丁寧に関係を築いておくことが大切です。
チームが気づけなかったCさんの例
Cさんは、どちらかといえば控えめで、自分の意見を多く語るタイプではありませんでした。
ただ、仕事はきっちりとこなしており、大きな問題もなかったため、周囲は安心して任せていた部分もあったようです。
しかし、ある時から、ちょっとした変化が見え始めていたといいます。
会話の回数が減ったり、頼まれた業務への反応が遅れたり。
また、デスクの整理を始めたのも、その頃だったそうです。
それでも、誰も「辞めるかも」とは思わなかった。
結果的に、Cさんはある日、静かに退職を申し出ました。
チームの誰もが、「もっと早く気づいていれば」と悔やんだと言います。
このケースが教えてくれるのは、小さな変化の積み重ねこそが、大きな決断のサインになっていること。
言葉にされない違和感を、放っておかない姿勢が問われます。
何気ない変化に気づける関係性を、日頃から育てておくこと。
それが、突然の別れを防ぐ一歩になるのかもしれません。
まとめ:突然辞める人を防ぐために大切な視点
職場での突然の退職は、残された人たちにとっても少なからず衝撃を与える出来事です。
けれど、その背景には必ずと言っていいほど、見逃されていた「サイン」が隠れています。
今回ご紹介したタイプ別の特徴や兆候、そしてケースに登場した人たちの心の動きは、決して特別なものではありません。
日常の中に紛れ込んでいる違和感や変化を、どれだけ丁寧に受け取れるかが、鍵になるのです。
そしてそれは、特別なスキルが必要なことではありません。
少し立ち止まって相手の表情を見ること。
声のトーンや言葉の数に敏感になってみること。
そして、「最近どう?」と自然に聞ける関係性を、日頃から育てておくこと。
心理的な距離を縮める小さな積み重ねが、急な離職を防ぐ土台になります。
働く人の内面に目を向け、その人らしい働き方を尊重する姿勢。
それが、組織にも個人にも、穏やかな継続をもたらす第一歩になるはずです。
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