胸の奥に小さく引っかかる感覚は、うまく言葉にできないまま残ることがあります。
「仕事ができない人が守られるのはなぜなのか」と考えたとき、頭では仕方がないと分かっているのに、気持ちだけが置いていかれるような感覚になることはありませんか。
定時で帰る同僚の仕事を、結局自分が引き受けて残業する夜。
注意もされず、配置転換などの配慮まで受けている姿を横目にしながら、「どうして自分ばかりが」と胸の奥が重くなる瞬間もあるかもしれません。
そんなときに浮かぶ「ずるい」という感情は、決してあなたの性格が悪いからではありません。
それは、努力と結果がきちんと結びついてほしいと願う、ごく自然で誠実な心の反応です。
実は、職場において「できない人」が守られる背景には、個人の甘えだけではなく、労働法に基づく解雇規制や、会社側が負うべき配慮義務といった法的・組織的な仕組みが複雑に絡み合っています。
その構造を知らないままでは、不公平感だけが積み重なり、真面目に頑張るあなたの心だけがすり減ってしまいます。
これまで多くの相談の中で感じてきたのは、「なぜ守られているのか」という背景を知ることが、必ずしも我慢を強いるものではないということです。
むしろ、仕組みと心理を客観的に理解することは、向けようのない怒りや疲れを整理し、自分自身を守るための第一歩になります。
この記事では、仕事ができない人が守られる理由を、深層心理と法律・制度の両面から静かに紐解いていきます。
ずるいと感じてしまう心の正体を見つめ直し、頑張るあなたが消耗せずに済むための「心の整え方」を一緒に考えていきましょう。
まずは、その違和感がどこから生まれているのか、日常の心の動きから整理していきます。
「仕事ができないのに守られている」と感じる瞬間

職場でふと胸が重くなるのは、誰かの態度だけが理由とは限りません。
仕事ができない人が守られるように見えるとき、目に入るのは結果の差ではなく、負担の偏りだったりします。
まずは、その違和感が生まれやすい場面を一緒に言葉にして、心の中の混乱を少し落ち着かせていきます。
自分だけが頑張っているように感じる場面
定時の少し前から帰り支度をしている人がいる一方で、終わっていない仕事の引き取り先が自然に決まっていくことがあります。
気づけば自分が残り、画面に残ったタスクを一つずつ片づけていく夜。
頼まれたわけではないのに、黙っていると回ってくる。
そんな流れが続くと、頑張りは評価より先に消費されていきます。
このとき苦しいのは、仕事量そのものよりも、頑張る人ほど当然のように扱われる空気かもしれません。
だから心の中に、損をしている感覚が残りやすくなります。
注意されない人と注意される人の差
同じミスが起きているのに、なぜか注意される人と、そっと流される人が分かれているように見えることがあります。
指導が必要なはずの場面で、周りが口をつぐむ。
そのしわ寄せが、できる人側に集まってくる。
すると、注意する役割まで抱えることになり、心の負担が二重になります。
ここで生まれる不公平感は、相手への攻撃心というより、公平であってほしいという願いが裏切られた痛みに近いものです。
ずるいと感じるのは冷酷さではなく、誠実さが反応しているサインでもあります。
評価と成果が結びつかない違和感
頑張って成果を出しても、評価が静かに流れていくことがあります。
一方で、目立った成果が見えにくい人が守られているように扱われると、頭の中で計算が合わなくなる。
この違和感は、能力の話というより、ルールの話です。
評価基準があいまいだったり、上司の見ている範囲が偏っていたりすると、成果と評価の間にずれが生まれます。
そしてそのずれは、まじめに働く人ほど敏感に感じ取ります。
真面目な人ほど、努力が報われない理由を自分の内側に探しがちです。
けれど、心が苦しくなるほどの不公平感は、個人の弱さだけで説明できるものではありません。
次の章では、このずるいという感情がどこから生まれるのかを、心の動きとして整理していきます。
「ずるい」という感情はどこから生まれるのか

ずるいと感じる気持ちは、いけないもののように扱われがちです。
けれど実際は、心が自分を守ろうとして鳴らしているアラームのようなものでもあります。
ここでは、その感情を否定せずにほどきながら、なぜ不公平感が強くなるのかを心の動きとして整理していきます。
人は無意識に他人と自分を比べてしまう
仕事の場では、比べないようにしていても比べてしまう瞬間があります。
同じ給料帯。
同じ部署。
同じ時間を過ごしているのに、自分だけ負担が重いように見えるとき。
心は自動的に天秤を持ち出します。
その天秤は、性格の問題ではありません。
人の脳が環境の中で安全に生きるために、立ち位置を確認しようとする働きです。
差が大きいと感じた瞬間、心は危険信号として受け取ります。
このときに起きるのは嫉妬だけではありません。
自分の努力が踏みにじられるような痛み。
頑張った意味が消えていくような虚しさ。
それが重なると、ずるいという言葉になって出てきます。
評価されたい気持ちが強いほど苦しくなる理由
評価されたい気持ちは、わがままではありません。
誰かに認められることで、人は安心します。
そして、安心があるから次の一歩が踏み出せます。
ただ、評価が見えにくい職場では、安心の材料が不足します。
その不足を埋めようとして、さらに頑張ってしまうことがあります。
残業を引き受ける。
ミスを先回りして防ぐ。
周りが困らないように動く。
そうやって支えているのに、評価は静かなまま。
一方で守られているように見える人がいると、心の中の帳尻が合わなくなります。
そのとき苦しいのは、相手が得をしているからだけではありません。
自分の誠実さが報われないかもしれないという不安が、背中からじわりと広がるからです。
「正しさ」が報われないときの心の反応
正しく働くこと。
約束を守ること。
困っている人を放っておけないこと。
そうした姿勢は、職場では美徳として語られます。
けれど現実には、正しさが報われるとは限りません。
このズレに触れたとき、人は強いストレスを感じます。
自分の中のルールと、職場のルールが噛み合わない状態だからです。
この状態が続くと、心は二つの方向に揺れます。
もっと頑張れば報われるはずだと踏み込む方向。
もう何も信じたくないと引いていく方向。
その揺れの中間に、ずるいという感情が生まれやすくなります。
だからこそ、この感情は悪者ではありません。
むしろ、現実のルールを見直して自分を守るための入口になり得ます。
次の章では、会社がなぜ解雇できないのかという事実を淡々と整理しながら、怒りの矢印を個人ではなく仕組みに移していきます。
会社はなぜ「仕事ができない人」を簡単に解雇できないのか

ここからは、気持ちの話から少しだけ距離を取り、会社が動ける範囲を決めているルールを見ていきます。
解雇が難しいのは、誰かを特別に甘やかすためではありません。
働く側が突然生活を失わないようにするための仕組みが、法律として組み込まれているからです。
解雇が厳しく制限されている理由
日本の労働契約では、会社が解雇をするには、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当と言える必要があるとされています。
この条件を満たさない解雇は、権利の濫用として無効になり得ます。
この考え方の土台にあるのは、働く人の生活が雇用に強く結びついている現実です。
一方的な判断で職を失うと、収入だけでなく住まい、家族の生活、治療の継続まで揺らぐことがあります。
だからこそ、解雇は最後の手段として位置づけられやすく、簡単に切り替えられない仕組みになっています。
能力不足だけでは解雇できない仕組み
仕事ができないという印象があっても、それだけで直ちに解雇が認められるとは限りません。
裁判では、会社がどんな水準を求めていたのか。
本人に具体的に何を伝え、どんな改善の機会を与えたのか。
それでも改善が難しかったのか。
そうした過程が重く見られます。
つまり、能力の問題は本人の資質だけではなく、育成や配置の仕方とも絡むため、白黒がつきにくい領域です。
そのため会社側には、いきなり切るのではなく、指導や期間の付与など、順番を踏むことが求められやすくなります。
会社側に求められている配慮義務
解雇の前に、別の仕事に回すこと。
役割を調整すること。
体調や適性に合わせて業務を変えること。
こうした選択肢が残っているなら、雇用を続ける努力を先に求められることがあります。
配置転換についても、会社の人事権として広く認められつつ、権利の濫用にならないような枠組みで判断されます。
本人に著しい不利益が出る場合や、目的が不当な場合は、問題になり得ます。
ここまでを見ると、守られているように見える現象は、個人へのえこひいきだけで説明できないことが見えてきます。
次の章では、表からは見えにくい事情に焦点を移し、守られているように見える人の背景を整理していきます。
守られているように見える人の背景にある事情

職場で守られているように見える人がいるとき。
その裏側にある事情は、外からは見えにくいことがあります。
ここでは、相手を擁護するためではなく、仕組みを正確に理解するために。
よくある背景をいくつか整理していきます。
心身の不調が影響しているケース
仕事の遅さや抜け漏れが、本人のやる気だけで起きているとは限りません。
たとえば睡眠が崩れていたり、集中が続かなかったり。
朝の通勤だけで力を使い切ってしまう状態になっていることもあります。
そうした不調は、周りから見るとただ元気がないだけに見える場合があります。
けれど本人の中では、歯を食いしばって最低限を保っていることもあります。
このケースで周囲が戸惑うのは、症状が日によって揺れる点です。
昨日はできたのに今日はできない。
その波があると、怠けに見えてしまうことがあります。
ただ、体調の波は意思とは別のところで起きることがあります。
だから職場は、業務の調整や負担の分散を選びやすくなります。
結果として、守られているように見える場面が生まれます。
配置や役割が合っていないだけの場合
能力不足に見える状態が、実は配置のミスマッチで起きていることもあります。
対人調整が苦手なのに窓口業務。
段取りが苦手なのに複数案件の同時進行。
細かい確認が必要なのに時間の余裕がない。
こうした条件が重なると、本人の力が出にくくなります。
この場合、周りの目には仕事ができない人として映ります。
けれど実際は、役割が変わるだけで安定することがあります。
会社が配置転換を選びやすいのは、この可能性が残っているからです。
守られているというより、崩れない位置を探している状態。
そう捉えると、見え方が少し変わります。
周囲から見えない負荷を抱えていることもある
同じ職場にいても、背負っているものは人によって違います。
家庭の事情。
介護。
慢性的な痛み。
通院。
静かな不眠。
表に出さない人ほど、周りは気づきにくいものです。
そのため、上司だけが事情を知っていて、周囲には共有されないことがあります。
すると周りからは、守られている人に見えます。
説明がないまま配慮だけが見えると、不公平感が強くなります。
ここで大事なのは、真実をすべて知ることではありません。
見えない事情が存在し得ると理解するだけで、怒りが少しだけほどけることがあります。
次の章では、個人の事情からもう一歩引いて。
守られる人が生まれやすい職場の構造を見ていきます。
「守られる人」が生まれやすい職場の構造

守られているように見える現象は、個人の事情だけで起きるものではありません。
職場の仕組みや空気が、そう見える状況を作ってしまうことがあります。
ここでは、誰かを責めるためではなく、なぜ不公平感が固定化しやすいのかを、職場の構造として整理していきます。
評価基準があいまいな職場
評価の基準がはっきりしていない職場では、頑張りが正しく見えにくくなります。
成果の出し方が人によって違うのに、評価の言葉だけが同じ。
すると、真面目に積み上げた仕事ほど、日常の風景に溶けて消えていきます。
その一方で、目立つミスや遅れだけは残りやすいものです。
この偏りが続くと、できる人は当たり前。
できない人は仕方ない。
そんな空気ができやすくなります。
守られているように見えるのは、実は評価の尺度がぼやけているせい。
そういうこともあります。
注意や指導が属人化している環境
指導の仕方が、上司や先輩の性格に左右される職場もあります。
厳しく言える人がいつも注意役になり、言いにくい人は黙る。
すると注意される側はいつも同じになり、注意されない側も固定化します。
このとき起きるのは、能力差の拡大ではなく、関係性の固定です。
言われる人は苦しくなり、言う人も疲れます。
そして誰も得をしないのに、仕組みだけが続いてしまう。
こうした属人化があると、守られる人が生まれるというより、扱いが分かれて見える状態が生まれやすくなります。
問題を表に出さない空気の影響
職場には、波風を立てないことが優先される空気があります。
できないことを指摘すると角が立つ。
体調に触れると踏み込みすぎになる。
そんな遠慮が重なると、本当の問題は話題にされなくなります。
話題にならない問題は、解決もされにくくなります。
結果として、負担は静かに偏っていきます。
この偏りは、はっきりした命令で起きるわけではありません。
空気の中で自然に決まっていくことが多いものです。
だからこそ、頑張る側は余計につらくなります。
誰も悪者がいないのに、損をしている感覚だけが残るからです。
次の章では、この構造の中で、頑張る人ほど消耗してしまう心の仕組みを見ていきます。
頑張る人ほど消耗してしまう心理メカニズム

仕事ができない人が守られるように見える職場では。
頑張る人ほど、静かに負担を引き受けやすくなります。
その結果、周りからは頼りになる人として扱われるのに。
本人の中では、息をつく場所がなくなっていくことがあります。
ここでは、なぜその流れが起きるのかを、心の動きとしてほどいていきます。
頼まれることが増えていく流れ
最初は、少し手伝うだけのつもりだった。
そんな始まりが多いかもしれません。
急いでいる同僚の代わりに一件だけ対応する。
抜けている資料をそっと整える。
会議の段取りを代わりにまとめる。
そうした小さな穴埋めは、職場を回すうえで確かに助けになります。
ただ、その助けは、見えない形で次の期待を生みます。
この人なら何とかしてくれる。
この人に頼めば早い。
そんな安心が積み重なると、頼まれる量も自然に増えます。
増え方が急ではないぶん、断るきっかけが見つからなくなることもあります。
気づいたときには、負担の偏りが当たり前になっている。
そこから、損をしている感覚が強くなっていきます。
断れない性格が自分を追い込む
断れないのは、弱さではありません。
相手を困らせたくない。
場の空気を悪くしたくない。
そう考える人ほど、自然に引き受けてしまいます。
特に、責任感が強い人ほど、断る行為を自分の失敗のように感じることがあります。
自分がやれば早い。
自分が我慢すれば丸く収まる。
そうした考えは、短期的には確かに職場を安定させます。
ただ、長期的には、心の体力を削っていきます。
断らない人は、いつでも受け入れる人として学習されやすいからです。
相手は悪気なく、次も頼みます。
そのたびに、断れなかった自分が少しずつ嫌になる。
この自己嫌悪が重なると、ずるいという感情が鋭くなり、人間関係そのものが苦しくなっていきます。
評価されない努力が心をすり減らす
頑張っているのに評価されない。
この感覚が一番しんどいのは、努力が見えていないからではなく、努力の意味が揺らぐからです。
手直しした資料は、ミスがない状態が当たり前として受け取られます。
トラブルを未然に防いだ動きは、起きなかった出来事なので目立ちません。
だから、支えた分だけ達成感が残りにくい。
その一方で、守られているように見える人は、配慮や調整が目に見える形で起きます。
すると心は、目に見える差だけを材料にしてしまいます。
あの人は守られるのに。
自分は増えるだけ。
そう感じると、頑張りが善意ではなく義務に変わっていきます。
義務になった瞬間、休んでも回復しにくくなります。
頑張ることが止められないのに、報われる感覚がない。
その状態が続くと、心は静かに疲れ切っていきます。
次の章では、この不公平感を抱え続けたときに、心と行動に何が起きやすいのかを整理していきます。
不公平感を抱え続けると何が起きるのか

ずるいと感じる気持ちをなかったことにしようとすると、心は別の形で反応し始めます。
表ではいつも通りに働いているのに、内側では、静かに力が抜けていくことがあります。
ここでは、不公平感を抱え続けたときに起きやすい変化を脅すのではなく、淡々と整理していきます。
モチベーションが静かに下がっていく
朝、職場に向かう足取りが少し重くなる。
以前なら気にならなかった小さな頼まれごとに、ため息が混じる。
そんな変化から始まることがあります。
頑張りたい気持ちが消えたというより、頑張る理由が見えにくくなる状態です。
努力と結果が結びつかない感覚が続くと、心は節約モードに入ります。
これ以上出しても返ってこないなら、出さないほうが安全だと、そう判断するような動きです。
このとき厄介なのは、下がり方が急ではないことです。
ある日突然やる気がゼロになるのではなく、少しずつ、少しずつ、熱が冷めていきます。
周囲からは気づかれにくいまま、本人だけがやる気の減りを感じ続けることになります。
職場への信頼感が薄れていく過程
信頼感が揺らぐとき、多くの場合は大きな事件ではありません。
小さな積み重ねがきっかけになります。
頑張ったのに当然のように流された。
負担を訴えても様子を見ようと言われた。
指導や評価の基準が、そのときどきで変わった。
そんな経験が重なると、職場のルールが信用できなくなっていきます。
信用できない場所では、人は安心して力を出しにくくなります。
だから、業務に対する姿勢にも影響が出ます。
必要以上に線を引くようになる。
言われたこと以上はやらないようになる。
それは怠けではなく、心がこれ以上傷つかないように距離を取っている反応です。
燃え尽きに近づいていくサイン
燃え尽きは、頑張りすぎた人ほど近づきやすいものです。
特に、責任感で走り続けてきた人は、止まり方が分からないまま続けてしまうことがあります。
サインは、派手ではありません。
休日に寝ても疲れが抜けない。
好きだったことが面倒に感じる。
小さなミスが増える。
人の声が遠く感じる。
こうした変化が出てきたとき、気合いで戻そうとすると、さらに消耗しやすくなります。
ここで大切なのは、自分の感情を鈍らせないことです。
ずるいと感じる気持ちは、心が危険に近づいていることを知らせている場合もあります。
次の章では、守られない側になったと感じたときに、心をどう整えていくかを扱います。
今の状況をすぐに変えられなくても、心の置き場は少しずつ変えていけます。
「守られない側」になったときの心の整え方

不公平感が続くと、気づかないうちに心の中に尖ったものが残ります。
その尖りは、誰かを攻撃したい気持ちとして出ることもあれば、自分を責める形で出てくることもあります。
ここで大切なのは、正しさで自分を締め上げないことです。
状況をすぐに変えられなくても、心の置き場は少しずつ整えていけます。
感情を否定せず整理する視点
ずるい。
悔しい。
納得できない。
そう感じるたびに、こんなふうに思うことがあります。
自分は性格が悪いのかもしれない。
器が小さいのかもしれない。
けれど、その自己判定が始まると苦しさが二重になります。
最初の苦しさは職場の不公平感。
次の苦しさは感じてしまう自分への嫌悪です。
ここで一度、感情を性格と切り離してみます。
ずるいと感じるのは、努力が正しく扱われてほしいという願いがあるからです。
公平であってほしいという価値観があるからです。
そう捉えると、感情は敵ではなく、情報になります。
今の自分が何に傷ついているのか。
何を大切にしているのか。
その輪郭を教えてくれるものです。
整理のコツは、感情を消すことではありません。
言葉にして、置き場所を決めることです。
胸の奥が重い。
肩が固い。
呼吸が浅い。
そういう身体の反応も含めて、今は負担が大きいと認める。
そうするだけでも心は少し落ち着きます。
期待と現実のズレを見つめ直す
まじめに働けば報われる。
頑張れば評価される。
そう信じてきた人ほど、不公平に触れたときの痛みが深くなります。
それは期待が高いから弱いという話ではありません。
期待はこれまで誠実に働いてきた証でもあります。
ただ、現実の職場には、報いる仕組みが整っていないことがあります。
評価基準があいまい。
指導が属人化。
波風を立てない空気。
こうした条件があると、正しく働く人ほど、見えない損を背負いやすくなります。
ここで心を守るために必要なのは、期待を捨てることではありません。
期待の置き場所を変えることです。
職場が必ず公平に報いるとは限らない。
そう認めるのは冷めた諦めではなく、現実に合わせて自分を守る調整です。
そして、報われたい気持ちを、職場だけに預けないことも大切です。
仕事以外の小さな達成感。
誰にも見せない自己満足。
そういう場所が増えるほど、職場の理不尽が心の中心を占めにくくなります。
自分の役割を静かに選び直す
頑張る人ほど、自然に役割が増えます。
穴埋め役。
調整役。
先回り役。
場を回すための便利な人。
気づけば、そういう位置に立たされていることがあります。
その役割は、あなたの価値ではありません。
あくまで、職場の都合で作られた配置です。
だからこそ、選び直す余地があります。
たとえば、急ぎではない依頼を、すぐに引き受けない。
今の業務が埋まっていることを、短く伝える。
助ける範囲を、毎回同じにしない。
ここで大事なのは、強く戦うことではなく、小さく線を引くことです。
線を引くと、最初は罪悪感が出るかもしれません。
けれど、その罪悪感は、これまで線を引けなかった人が自然に感じる反応でもあります。
線を引く練習を重ねるほど、自分の時間が少しずつ戻ってきます。
そしてその時間は、守られている誰かを見つめるためではなく、自分の回復のために使えるようになります。
次の章では、会社とどう距離を取るかという現実的な選択を扱います。
諦めではなく、戦略としての距離の取り方を一緒に整理していきます。
会社とどう距離を取るかという現実的な選択

不公平感に気づいたあと、多くの人が迷うのは、どう動くかという点です。
我慢を続けるべきなのか。
声を上げるべきなのか。
離れるべきなのか。
ここで大切なのは、白か黒かで決めないことです。
会社との関係は、続けるか辞めるかだけではありません。
距離の取り方には、いくつかの段階があります。
ここでは、自分を守る視点を中心に、現実的な選択肢を整理していきます。
一人で抱え込まないための相談という手段
不公平感が強いときほど、人は一人で考え込んでしまいます。
周りに言っても無駄。
どうせ分かってもらえない。
そう感じることもあります。
けれど、状況を整理するためには、外に出す視点が必要です。
相談は、助けを求める行為というより、情報を整理する行為に近いものです。
今、何が一番負担になっているのか。
どこまでが自分の役割なのか。
どこからが無理なのか。
言葉にして誰かに伝えることで、自分の中でも輪郭がはっきりしてきます。
相談先は、必ずしも上司である必要はありません。
信頼できる同僚。
人事。
社外の相談窓口。
誰か一人でも、状況を知っている人がいるだけで、孤立感は大きく変わります。
評価や役割について話す意味
評価や役割の話は、切り出しにくいものです。
不満に聞こえそう。
わがままと思われそう。
そうした不安が出てきます。
ただ、
話さなければ伝わらないこともあります。
負担が偏っていること。
役割が固定化していること。
評価の基準が見えにくいこと。
これらは、黙っていると存在しない問題として扱われやすくなります。
話すときに大切なのは、誰かを責める言い方をしないことです。
あの人がやっていない。自分ばかり損をしている。
そうではなく、業務量や時間、役割の偏りとして伝える。
事実を中心に置くことで、感情的な対立になりにくくなります。
すぐに改善されなくても、話題に上がったという事実が、次の調整につながることもあります。
環境を変えるという選択肢を持つ
距離の取り方の中には、環境を変えるという選択も含まれます。
これは、逃げではありません。
自分に合わない環境から離れることは、回復のための行動です。
すぐに辞める必要はありません。
情報を集める。
他の職場の話を聞く。
自分の得意や大切にしたい条件を整理する。
そうした準備だけでも、心に余白が生まれます。
ここで重要なのは、選択肢を持っているという感覚です。
今の場所しかないと思うと、不公平感はより重くなります。
けれど、いつでも動けるわけではなくても、考える自由があるだけで、心の圧迫は和らぎます。
次の章では、守られている人を見て苦しくなる自分を、どう受け止め直すかを扱います。
「守られる人」を見て苦しくなる自分を責めなくていい

守られているように見える人がいるとき、胸の奥がざわつくのは、とても自然なことです。
その感情を、醜いものとして片づけてしまうと、自分の心だけが、さらに孤立してしまいます。
ここでは、ずるいと感じてしまう自分を責めずに、苦しさをほどいていく視点を整理していきます。
感じてきた違和感は自然なもの
ずるいと感じる瞬間には、たいてい、背景があります。
残業してフォローした夜。
ミスを埋めるために先回りした朝。
それでも評価が動かず、負担だけが増えていく日々。
その積み重ねの上で、守られている人が目に入ると、心が反応するのは当然です。
この反応は、相手を傷つけたいから起きるわけではありません。
自分の努力が正しく扱われてほしいという願いが、そこにあるからです。
公平であってほしいという価値観が、まだ残っているからです。
だから違和感は、弱さではありません。
むしろ、これ以上すり減らないために、心が出しているサインとして受け取ることができます。
理解は我慢とは違う
相手にも事情があるかもしれない。
法律や仕組みの制約がある。
そう理解できたとしても、納得できるとは限りません。
ここでつまずきやすいのは、理解したのだから黙って耐えるべきだと、自分に言い聞かせてしまうことです。
けれど、理解と我慢は別物です。
理解は、現実の構造を知ることです。
我慢は、苦しさを飲み込むことです。
構造を知ったあとに必要なのは、飲み込むことではありません。
自分の負担を調整する権利を思い出すことです。
たとえば、引き受け方を変える。
相談先を作る。
役割の偏りを事実として伝える。
こうした小さな調整は、理解したからこそ可能になります。
つまり理解は、我慢のためではなく、自分を守るための地図になります。
自分の心を守る視点を持ち続ける
守られている人を見て苦しくなるとき、心は、相手に視線を固定しやすくなります。
あの人さえいなければ。
あの人だけ得をしている。
そんなふうに、考えが回り始めることがあります。
ただ、その視線の固定は、自分の時間と体力を、少しずつ奪っていきます。
ここで役立つのが、メタ認知です。
今、自分の意識はどこに向いているか。
誰の行動に心を占領されているか。
そう問い直すだけで、視線を自分の側へ戻しやすくなります。
嫌いな人のために、自分の人生の貴重な時間を使い続けていないか。
その問いは、とても現実的です。
相手を許す必要はありません。
ただ、相手に支配されない距離を作る。
その選択ができると、心は少しずつ回復していきます。
このあと最後に、今日の内容をまとめながら、静かに着地させていきます。
まとめ
仕事ができない人が守られるのはなぜかと感じたとき。
胸に浮かぶずるいという感情は、冷酷さではなく、公平であってほしいという誠実さの表れでした。
そして、職場で起きていることは、個人の甘えだけで説明できるものではなく、解雇できない法的な枠組みや、配慮義務、評価のあいまいさ、役割の固定化といった仕組みが絡み合っていました。
構造を知ることは、我慢を増やすためではありません。
自分の負担の偏りに気づき、相談という手段を持ち、役割を選び直し、必要なら距離を取るための地図になります。
守られている人に意識を奪われそうになったときほど、視線を自分に戻し、心と時間を守る選択を思い出してみてください。
今日の気持ちが、少しでも軽くなりますように。
参考文献
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