仕事は嫌じゃないのに行きたくない。
そんな感覚が、ふとした朝に現れることがあります。
日曜の夜や、月曜の目覚めと同時に、体だけが静かに抵抗するような感じ。理由を聞かれても、うまく言葉にできないまま時間だけが過ぎていく。
その曖昧さが、余計に心を疲れさせることもあります。
この感覚は、決して怠けや甘えから生まれるものではありません。
人の心は、明確な不満や危険がなくても、これ以上無理をしないようにブレーキをかけることがあります。
多くの相談の傾向を見ていても、この「なんとなく行きたくない」という状態は、とても現実的で、意味のあるサインとして現れることが少なくありません。
この記事では、その違和感がどこから生まれるのかを、心理学の視点から静かにほどいていきます。
無理に答えを出すのではなく、まずは心の仕組みを理解すること。
その過程の中で、少し楽に過ごすための見方や整え方が、自然と見えてくるはずです。
まずは、この感覚がどんな背景から生まれるのか、そこから触れていきます。
「嫌じゃないのに行きたくない」という感覚はどんな状態なのか

仕事そのものを嫌いになったわけではないのに、出勤のことを考えると体が重くなる。
そんな感覚は、意外と多くの人に起きています。
しかもこの状態は、強い不満や事件があるときよりも、自分で説明しにくいぶん、心の消耗がじわじわ増えやすいのが特徴です。
ここではまず、よくある場面を丁寧に言葉にしながら、この感覚がどんな状態なのかを整理していきます。
月曜の朝になると体が静かに抵抗する感覚
目覚ましを止めた瞬間から、胸の奥が少しだけ固くなる。
顔を洗っても、着替えても、足が前に出るまでに時間がかかる。
行けないわけではないのに、行くまでがやけに遠い。
こういうとき、心は大きな声で拒否しているのではなく、もっと静かな形で抵抗を示していることがあります。
たとえば、呼吸が浅くなる。
肩に力が入り続ける。
出勤途中なのに頭がぼんやりする。
こうした小さな反応は、気分の問題に見えて、実は心身の調整がうまくいっていないサインとして現れやすいものです。
嫌いではないのに、体が先に止まりたがる。
その食い違いが、さらに疲れを増やしていきます。
サザエさん症候群とは少し違う、理由のない重さ
日曜の夜に憂うつになる。
月曜が来るのがつらい。
いわゆるサザエさん症候群と呼ばれる状態に近いようで、少し違う感覚もあります。
それは、理由がはっきりしないまま重くなるところです。
忙しすぎたわけでもない。
人間関係で揉めたわけでもない。
大きな失敗もしていない。
それでも、カレンダーが次の週に切り替わるだけで、心が薄く曇っていく。
このとき起きているのは、強い恐怖ではなく、弱い緊張がほどけないまま続いている状態であることが多いです。
弱い緊張は、気づきにくいぶん、長く残ります。
残った緊張は、言葉より先に体に出やすい。
だからこそ、理由がないように見えても、その重さにはちゃんと背景があります。
辞めたいわけではないからこそ苦しくなる心理
仕事が嫌いなら、嫌だと言いやすい。
辞めたいなら、辞めたいと考えやすい。
けれど、嫌ではないし辞めたいわけでもない。
この中間にいると、心は行き場を失います。
周りから見れば普通に働けている。
自分でも大きな問題がないと分かっている。
それでも行きたくない。
この矛盾が続くと、人は自分を納得させようとしてしまいます。
気合が足りないのかもしれない。
甘えているのかもしれない。
そんなふうに、原因を自分の人格に置いてしまいやすい。
でも実際には、心が弱いのではなく、心が丁寧すぎるからこそ起きることもあります。
小さな違和感を見逃さない。
空気の変化を敏感に拾う。
期待に応えようとして無理を隠す。
そうした積み重ねの先で、心がそっと休憩を求める。
その結果が、嫌じゃないのに行きたくない、という形で現れることがあります。
「甘えではない」と言い切れる心理学的な理由

行きたくないと感じるとき、多くの人はまず自分を疑います。
やる気が足りないのではないか。
怠けているのではないか。
そうやって心に問い詰めるほど、朝の出勤がさらに重くなることがあります。
ただ、心理学の視点で見ると、行動が止まるのは意志の弱さだけでは説明できません。
脳と体は、今の自分を守るために、言葉より先にブレーキをかけることがあります。
ここでは、その仕組みをできるだけ難しい言葉を避けて、静かに整理していきます。
脳が「生存本能」でブレーキをかける心理学的メカニズム
人の脳は、危険を見つけたときだけ働くわけではありません。
危険かもしれない、と予測しただけでも反応します。
たとえば、仕事で大きなトラブルが起きていなくても。
最近ずっと忙しかったわけでもなくても。
出勤のことを考えた瞬間に、呼吸が浅くなったり、胃がきゅっと縮んだりすることがあります。
これは気分の問題というより、脳が体を守るために出している合図に近いものです。
脳は、過去の経験から学びます。
無理をした日が続いた。
頑張ったのに回復できなかった。
小さな緊張が積み重なった。
そうした記憶の断片が、出勤という言葉に結びつくと、脳は先に構えます。
まだ何も起きていないのに、体のほうが先に備えてしまう。
その結果として、足が重いという感覚が生まれることがあります。
つまり、行きたくないは、甘えの証拠ではありません。
守ろうとする反応が、少し強く出ているだけの場合もあるのです。
やる気があっても動けない状態は異常ではない
やる気があるなら動ける。
そう考えるのが自然に見えます。
けれど現実には、気持ちと行動が一致しない場面がよくあります。
行けば何とかなると分かっているのに、準備の手が止まる。
遅刻はしたくないのに、布団から出るまでが長い。
頭の中では出勤しているのに、体だけが置いていかれる。
こうしたズレは、意志の弱さだけでは起きません。
心理学では、行動は気持ちだけで決まらないと考えます。
体調。
睡眠。
脳の疲れ。
自律神経の乱れ。
日々のストレスの蓄積。
こうした条件が重なると、気持ちは前を向いていても、行動のスイッチが入りにくくなります。
ここで大事なのは、ズレを責めないことです。
責めるほど、脳は監視されているように感じやすくなります。
監視の感覚は緊張を強めます。
緊張が強まると、さらに動けなくなる。
この悪循環が、行きたくないを固定化させてしまいます。
だからまずは、動けない日があることを異常と決めつけない。
そのほうが回復の入り口に近づきます。
責任感が強い人ほど心の異変に気づきにくい理由
責任感が強い人は、周りに迷惑をかけたくないと思います。
その気持ちはとても誠実です。
ただ、その誠実さが、心のサインを見えにくくすることがあります。
しんどいのに、しんどいと言わない。
疲れているのに、いつも通りに振る舞う。
嫌なことがあっても、うまく飲み込む。
そうしているうちに、心は大きな音を出さなくなります。
代わりに、体のほうが先に反応します。
出勤前だけ涙が出そうになる。
駅に近づくと胸がざわつく。
会社の近くでだけ息が浅くなる。
こういう反応が出たとき、本人は気合で押し切ろうとしがちです。
でも、心身はすでに助けを求めています。
ここで必要なのは、根性ではなく観察です。
行きたくないとき、どんな場面で強くなるのか。
朝のどの瞬間が一番つらいのか。
体はどんな反応をしているのか。
責任感が強い人ほど、こうした小さな記録が大きな支えになります。
自分の状態を責めずに把握できたとき、甘えという言葉は少しずつ必要なくなっていきます。
「なんとなく行きたくない」を生む心の仕組み

行きたくない理由を探しても、はっきりした答えが見つからない。
その状態が続くと、心はさらに疲れていきます。
ただ、この感覚は突然生まれるというより、見えにくい負荷が少しずつ積み重なって起きることが多いです。
ここでは、その積み重ねがどんな形で心に残るのか。
心理学の考え方を借りながら、ほどいていきます。
微細なストレスの蓄積「マイクロストレス」の正体
大きな出来事がなくても、心は疲れます。
むしろ、説明しにくい小さな負荷のほうが残りやすいことがあります。
たとえば、返事を少し急かされるやりとり。
雑談で気を使い続ける時間。
いつもより混んだ電車。
予定が微妙にずれ続ける一日。
こうした小さな刺激は、その場では耐えられてしまいます。
耐えられるからこそ、気づかないまま溜まります。
心理の世界では、こうした微細な負荷をマイクロストレスと呼ぶことがあります。
マイクロストレスは、痛みのように叫びません。
代わりに、じわじわと心の余白を削ります。
余白が削れると、いつも通りの出勤が、いつもより遠く感じられるようになります。
回復する前に次の日が始まってしまう状態
疲れは、休めば戻る。
そう思いたいのに、戻らない日が続くことがあります。
これは、頑張りが足りないという話ではありません。
回復する時間が、そもそも足りていない場合があります。
仕事が終わったあとも、頭が仕事のまま止まらない。
寝る直前までスマホを見て、脳が切り替わらない。
休日も予定を入れて、休んだ感覚が持てない。
こうした状態が続くと、体は眠れていても、心は休めていないままになります。
回復が間に合わないまま次の日が始まると、出勤前の時点でエネルギーが底に近い。
その結果として、行きたくないが前に出てきます。
嫌いではないのに行けないように感じるのは、心の体力が足りない状態で起きやすい反応です。
感情が追いつかないまま生活だけが進むとき
人は、出来事を感情として処理しながら生活しています。
でも忙しさが続くと、感情の処理が後回しになります。
納得していないのに引き受けた。
本当は断りたかったのに笑って済ませた。
小さく傷ついたのに気づかないふりをした。
こうした未処理の感情は、消えるわけではありません。
見えない場所に積み重なって、ある日まとめて重さとして現れます。
行きたくないという感覚は、その重さが表に出た形のひとつです。
ここで大切なのは、原因を一つに絞り込もうとしすぎないことです。
複数の小さな違和感が絡み合っているとき、心は言葉より先に反応を出します。
だからこそ、なんとなくという言葉の中に、ちゃんと意味があることが多いのです。
仕事ではなく「環境」との相性が影響している場合

仕事が嫌いなわけではないのに行きたくない。
その背景には、仕事内容そのものより、環境との相性が関わっていることがあります。
相性というと軽く聞こえるかもしれません。
でも実際には、毎日の刺激の量や人との距離感が合わないだけで、心は想像以上に消耗します。
特に、周りが平気そうにしている環境ほど、自分だけが弱いように感じてしまいやすい。
ここでは、環境が心に与える負荷を、責めずに整理していきます。
刺激に敏感な気質が疲れやすさにつながること
同じ場所にいても、受け取る情報量は人によって違います。
音。
光。
視線。
空気の変化。
言葉の端にある温度。
こうした刺激を細かく拾いやすい気質があると、職場にいるだけで脳が働き続けます。
HSPという言葉を聞いたことがある人もいるかもしれません。
ただ大事なのは、ラベルを付けることではありません。
刺激に対する感受性が高いと、他の人が気にしない要素まで処理することになり、回復に時間がかかりやすい。
その結果として、仕事は嫌ではないのに行きたくないが出やすくなります。
ここで起きているのは根性の問題ではなく、処理量の問題です。
人間関係に問題がなくても消耗する理由
人間関係が良好なら大丈夫。
そう思われやすいのですが、そうとは限りません。
関係が良いからこそ気を使うこともあります。
空気を壊したくない。
期待に応えたい。
失礼がないようにしたい。
こうした配慮が続くと、表情や声の調整が一日中途切れません。
内向型の傾向がある人は特に、会話そのものより、会話の準備と後片付けにエネルギーを使うことがあります。
帰宅後にどっと疲れるのに、職場では普通にしていられる。
そういう場合、消耗が見えにくいだけで、確実に起きています。
嫌じゃないのに行きたくないは、その見えない消耗が表に出た形かもしれません。
安心できる場所なのに息が浅くなる感覚
職場に大きな問題がない。
上司も同僚も悪い人ではない。
それでも会社が近づくと息が浅くなる。
このような反応が出ることがあります。
これは不思議なことではありません。
体は、言葉より先に条件反射を作ります。
過去に無理をした日が続いた場所。
緊張したまま耐えた時間が長い場所。
そうした記憶が積み重なると、その場所に近づくだけで体が構えます。
だから安心できるはずなのに落ち着かない。
その矛盾が、また自分を責める材料になってしまうことがあります。
でも、息が浅くなるのは弱さではありません。
体が小さく守ろうとしている反応です。
まずはそれを異常扱いしないこと。
そこから整え直す余地が生まれます。
行きたくない気持ちを無視し続けた先に起こりやすいこと

行きたくないと感じながらも、行けているうちは大丈夫。
そう思って、やり過ごす人は多いです。
ただ、心のサインを無視し続けると、ある日ふいに限界が来ることがあります。
それは意志が弱いからではありません。
限界まで頑張れてしまう人ほど、突然崩れる形になりやすい。
ここでは脅すのではなく、起こりやすい流れを客観的に整理します。
ある日突然動けなくなるケースが多い理由
限界は、階段のように見えるとは限りません。
むしろ、ある日いきなり段差が来たように感じることがあります。
前の日までは普通に出勤できていた。
仕事もこなせていた。
それなのに朝になった瞬間、体が動かない。
こういうケースでは、突然壊れたのではなく、ずっと前から疲労が溜まっていた可能性があります。
心の消耗は、目に見えるメーターがありません。
だから、残量が少ないことに気づきにくい。
気づいたときには、起き上がる力そのものが残っていない。
それが突然に見える理由です。
適応障害や燃え尽き症候群の初期に見られる反応
ここで大切な前置きをします。
この章は診断をするためのものではありません。
ただ、医療や臨床の文脈では、似た状態がどう整理されることがあるのか。
それを知っておくと、自分を責めにくくなります。
環境とのストレスが関係して心身の不調が強まる状態は、適応障害という枠組みで語られることがあります。
また、頑張り続けた結果として意欲やエネルギーが枯れていく状態は、燃え尽きと呼ばれることがあります。
初期に起こりやすいのは、気持ちだけの問題に見える反応です。
出勤前だけ強い不安が出る。
眠っているのに疲れが取れない。
集中が続かない。
小さな刺激に過敏になる。
涙が出そうになるのに理由が分からない。
こうした反応が続くとき、心はすでに休息を必要としている場合があります。
だからこそ、甘えという言葉で片づけないほうがいい。
体と心の反応として捉えたほうが、立て直しやすくなります。
心のサインは小さいうちほど意味を持つ
大きく崩れてから休むのは、回復に時間がかかりやすいです。
一方で、まだ動けている段階のサインは、小さいぶん見落とされやすい。
だからこそ意味があります。
たとえば、朝だけ極端にしんどい。
会社に近づくと息が浅くなる。
休日に回復しきらない。
帰宅後に何もできなくなる。
こうした変化が続くなら、心は調整を求めています。
ここで必要なのは、気合を足すことではありません。
サインを小さく受け取って、負荷を少し減らすことです。
そのほうが、突然動けなくなる形を避けやすくなります。
今すぐ辞めなくてもできる心の整え方

行きたくない感覚があると、辞めるか続けるかを急いで考えてしまいます。
でも本当は、その前にできることがあります。
心が出しているサインを否定せずに受け取りながら、負荷を少し下げていくことです。
大きな決断をしなくても、呼吸が深くなる瞬間を増やせる場合があります。
ここでは、押しつけにならない形で、現実的な整え方を三つだけ扱います。
原因を特定しないほうが回復が早い理由
行きたくない理由を突き止めようとすると、頭はずっと仕事の周りを回り続けます。
あの人のせいかもしれない。
仕事内容が合わないのかもしれない。
自分が弱いのかもしれない。
こうした思考は、答えが出ない限り終わりません。
終わらない思考は、回復の時間を削っていきます。
心理学では、原因探しが強い不安を長引かせることがあると考えます。
特に、マイクロストレスのように小さな要因が絡み合っているとき、原因を一つに絞るほど苦しくなりやすい。
だから最初は、原因を決めないまま整えるほうがうまくいくことがあります。
行きたくない。
それだけを事実として置く。
そのうえで、今日は何が少し楽になるか。
そちらに注意を向ける。
原因を確定しないのは逃げではなく、回復のための順番です。
仕事と自分の距離を一時的にゆるめる視点
心が疲れているときほど、頭の中に仕事が居座ります。
退勤しても反省会が続く。
寝る直前に明日の段取りが始まる。
休日にまで、連絡が気になってしまう。
こうして距離が近すぎる状態になると、心はいつ休めばいいのか分からなくなります。
ここで大切なのは、完璧に切り離すことではありません。
一時的に、少しゆるめるだけで十分です。
たとえば帰宅後の最初の十分だけ、仕事の話題を考えない時間にする。
明日の心配が出てきたら、今は夜だと小さく言い直す。
頭の中の仕事に、席を譲りすぎない。
この感覚を持つと、仕事が嫌ではないままでも、心が戻ってくる余地が生まれます。
距離を取るのは冷たさではなく、回復のための優しさです。
行きたくない日を責めずに終える考え方
行きたくない日があると、自己評価が下がりやすいです。
こんなことでしんどくなるのはおかしい。
みんなは行けている。
もっと頑張らないといけない。
そうやって責めた瞬間、心はさらに緊張します。
緊張した心は、明日も行きたくないを強めます。
だから一日の終わりは、反省よりも回復に寄せたほうがいい。
できたことを大きく数える必要はありません。
遅れずに起きた。
会社に向かった。
席に座った。
それだけでも、心身はちゃんと動いています。
もし休んだ日があったとしても、壊れる前に止まれたという見方が残ります。
行きたくない感覚を消そうとするより、抱えたままでも終えられる日にする。
その積み重ねが、次の朝の重さを少しずつ軽くします。
それでも違和感が続くときの選択肢

整え方を試しても、行きたくない感覚が長引くことがあります。
そのときに苦しくなるのは、続けるか辞めるかの二択に追い込まれることです。
本当は、白か黒かを決める前に、確かめられることがあります。
違和感を消すよりも、違和感が何を守ろうとしているのかを見直す。
その視点があるだけで、焦りが少し落ち着くことがあります。
我慢が習慣になりやすい人の思考パターン
我慢が得意な人ほど、行きたくないを軽く扱いやすいです。
これくらい普通だと思う。
みんなも我慢していると思う。
自分だけ弱いわけにはいかないと思う。
こうした考えは、まじめさと責任感から生まれます。
ただ、そのまじめさが続くと、心は自分の痛みを小さく見積もる癖を持ちます。
しんどさを感じても、まだ行けると判断してしまう。
休みたくても、休む理由が足りないと感じてしまう。
この癖があると、心のサインはさらに静かになります。
静かになったサインは、ますます気づきにくい。
そして、気づいたときには疲れが深くなっている。
こういう流れが起きやすくなります。
ここで役に立つのは、心の声を大きくすることではありません。
むしろ、日常の小さな変化を見つけることです。
朝の胃の重さ。
電車に乗るときの息の浅さ。
帰宅後に何もしたくない感じ。
こうした変化は、弱さではなく情報です。
我慢が習慣になりやすい人ほど、情報として扱うだけで心が少し守られます。
環境を変えることは逃げではない
環境を変えると聞くと、逃げたように感じる人がいます。
でも、逃げと調整は違います。
逃げは、向き合う力がないという意味ではありません。
調整は、自分を長く保つための選択です。
たとえば、同じ仕事内容でも部署が変わると息がしやすくなることがあります。
同じ会社でも上司が変わると胃の重さが減ることがあります。
働く時間が少し変わるだけで回復が間に合うことがあります。
これは甘えではなく、負荷の総量を調整しているだけです。
特に、刺激に敏感な気質がある場合、環境の影響は大きく出ます。
音や会話の密度。
視線の多さ。
切り替えの頻度。
こうした条件が合わないと、仕事が嫌でなくても疲れが増えます。
だから、環境を変えることを負けと結びつけないほうがいいです。
続けるために変える。
壊れないために変える。
そう捉えると、罪悪感は少し薄くなります。
決断の前に確認しておきたい心の状態
辞めるか続けるかを考える前に、まず確認したいのは心の状態です。
判断の材料が疲労で濁っていると、どちらを選んでも後悔しやすくなります。
だから、結論より先に整える順番が大切です。
確認したいのは、たとえば次のような感覚です。
朝の重さは毎日か。
休みの日に回復する余地は残っているか。
職場に近づいたときの体の反応は強いか。
食欲や睡眠は崩れていないか。
ここで大事なのは、完璧に答えを出すことではありません。
傾向をつかむことです。
もし休日でも回復しない。
朝の不安が強まっている。
体の反応がはっきり出ている。
そういう状態が続くなら、心は休息を必要としている可能性が高いです。
その場合は、決断を急ぐより先に、休む選択肢や相談先を整えることが現実的です。
逆に、回復する瞬間が残っているなら、微調整で戻る可能性もあります。
決断は、整ってからでも遅くありません。
心の状態を確認できたとき、選択は二択ではなくなっていきます。
「行きたくない」という感覚と共に生きるために

行きたくない感覚をなくそうとすると、心はその感覚と戦い始めます。
戦いが続くほど、疲れは深くなります。
だから最後に置いておきたいのは、消すことよりも、付き合い方を変える視点です。
嫌じゃないのに行きたくない。
その矛盾は、弱さではなく、心が自分を守ろうとしている証拠でもあります。
ここでは、明日が少しだけ穏やかになるような考え方をまとめます。
心の違和感は敵ではなく調整役
違和感が出ると、人はそれを邪魔者扱いしがちです。
でも、違和感は壊しに来ているわけではありません。
むしろ、今のままだと負荷が高いと伝える調整役として現れることがあります。
たとえば、体温が上がるのは体を守るためです。
痛みが出るのは異常を知らせるためです。
心の違和感も似ています。
仕事が嫌いではないのに行きたくないとき。
それは、仕事の何かが悪いという断定ではなく、負荷の総量が今の自分に合っていないという知らせかもしれません。
調整役として見られるようになると、言葉の選び方が変わります。
甘えだと決めつける代わりに、今はどこが重いのかを探せます。
探すのは犯人ではなく、負荷の位置です。
その違いだけで、心の緊張は少し下がります。
感じ取れること自体が一つの力になる
行きたくないを感じる人は、弱いのではありません。
感じ取れる感度がある人です。
無理を無理のままにせず、どこかで違和感として拾える。
それは長い目で見ると、折れずに続けるための力になります。
世の中には、限界に気づかないまま走り続ける人もいます。
そのまま走れるように見えて、ある日突然止まることもあります。
一方で、行きたくないという感覚が出る人は、早い段階でブレーキの気配を察知できています。
その感覚を恥ずかしがらないほうがいいです。
誰かと比べて評価するものではありません。
自分の回復のタイミングを知るための情報として持っておく。
それだけで、未来の揺らぎが小さくなります。
今日を少し穏やかに終えるための視点
明日が不安な夜ほど、心は明日の予行演習を始めます。
うまくいかなかったらどうしよう。
朝がまた重かったらどうしよう。
そんな思考が出てきたら、止めようとするより、場所を移す感覚が役に立ちます。
今は夜です。
明日を考える時間ではなく、今日を終える時間です。
そう言い直すだけでも、脳の緊張は少し変わります。
そして今日の終わりに一つだけ、整う方向の言葉を置きます。
行きたくないと感じた。
それでもここまで来た。
今日の自分は、それだけで十分動いている。
この言葉は、気合ではなく、回復の準備です。
回復の準備ができた夜は、明日の重さを少しだけ軽くします。
心が穏やかに戻るきっかけになれば幸いです。
まとめ
仕事が嫌ではないのに行きたくない感覚は、怠けではなく、心身が負荷を調整しようとするサインとして現れることがあります。
理由が言葉にならないときほど、微細なストレスや回復不足、環境との相性が重なっている場合が多いです。
まずは自分を責めず、原因を急いで決めずに、負荷を少し下げる工夫から始めてみてください。
心が穏やかに戻るきっかけになれば幸いです。
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